Chasing Diamonds

長文考察愛だだ漏れ系aimのぶろぐ。140字じゃ足りない愛は原石を追いかけて。

まだ僕は生きていく。

 

愛してやまない26歳の大我さん、忘れられない一年をありがとう。

 

京本大我としては空っぽの一年」「舞台に立ててなくて毎日心折れそうだけど」を「今年最高だー!」にまで持っていってくれた一年。

この時間がいちファンにとってもどれだけ特別なものだったか、大我さんには届いているでしょうか。

 

 

 

26歳の一年、

たくさんたくさん寄り添ってくれてありがとう。

 

始まりは去年の4月だから1年なんて優に超えてしまうけれど、26歳の半分以上、12月から7月までもずっと、葛藤を共有しながら前を向く姿を見せ続けてくれてありがとう。

 

自分ごときが辛くなってどうするんだろうって思いつつ、5人の新しいお仕事が決まるたびに、純度100%の嬉しくて誇らしくて楽しみな気持ちだけでいられたかと言われると正直頷けなくて。それでも迷いなくSixTONESを大好きで大我さんを大好きでいられたのは、”SixTONES京本大我”としての大我さんに信頼しか感じない時間にもしてくれたから。

 

大好きな大我さんの言葉がたくさんたくさんたくさん増えた一年だった。

だってBOURGEOISも10000字もWU表紙も、そして極め付けの22誌のニュージーズ取材も、”26歳の大我さん”の紡ぐ素敵な言葉に満ちていた。

 

最初に限りなく純度が高くて脚色されていない26歳の大我さんの言葉として届けられたのは、25歳の年は 「京本大我としては空っぽの一年」という言葉だった。

まず、その言葉をブログで綴る選択をしてくれたことが嬉しかった。心にひびが入る音がしたのは大前提として、それを言える場所としてブログを捉えてくれていたこと、やっぱり大我さんが苦しみや闇を”共有する”ひとでいてくれたことに好きが募った。

そして何より、同じブログで「これからも自分を守りながら頑張ります」と言ってくれたことが救いだった。

 

BOURGEOISで「”ついてきて”、とか”頑張ってね”、とかはちょっと無責任に僕は感じてしまっていて、どちらかというと”俺も苦しいけど逃げないからみんなも一緒に頑張ろう”の方が好きです」と明確に言葉にしてくれてたし、インタビュー全体でもそういうファンとの距離感を現実にする場としていかにブログを使っているかを話してくれていた大我さん。

同じ邦ロックが好きで救われている人間だからより強く思うけど、”闇が見える自分”を共有してくれる大我さんに底知れぬ信頼を感じるし、そういう自分を共有した上で、それだけでは絶対終わらせないところが大我さんが最高の”アイドル”である大きな根拠だと思う。

 

例えばロックミュージシャンだったら負だけ表現する曲で終わることなんてザラにあるし、希望を全くくれないからこそ受け取り手が奮い立たされるような時間を作ってくれることもある。でも大我さんはアイドルだから、「アイドルでいることは誰かの光でいること」と思ってくれている人だから、臆せず闇を共有してくれるのと同時に必ず寄り添ってくれる。一緒にそっと目線を上げてくれる。

この大我さんのアイドル像は今年で言うと日経エンタでの「俺たちの仕事は皆さんを元気付けることであって、自己満足じゃないから。それよりも公演を楽しみにしていた方達への心のケアをしなければというのが先にありましたね」って言葉が特に象徴的で、ジョンShowで「あの頃は(中略)言葉よりエンターテインメントの力を借りて”みんなのことを思ってるよ”って言うのだけ伝わればいいやとーそれで弾き語りにしたんですよね」っていうのもそう。10000字でファンを「最高のライバル」に設定してくれたこともある種同じ。

大我さんのアイドル力が詰まった言葉であり、そういう背景を教えてくれているという意味では闇を共有する力の高さも証明する言葉。

 

ブログで言うなら誕生日後に「空っぽの一年」と「自分を守りながら」を両立させてくれたこと。

入所記念日に「舞台に立ててなくて毎日心折れそうだけど」と言いつつ「何が正しいかなんて今の時点では誰もわからないけどさ、俺はここまでの人生を後悔してない」って言ってくれたこと。

「少し憂鬱な朝」を音楽で乗り越えて「何もかもがどうでも良くなり一周回って何もかもが大切に思えます」というところまで共有してくれたこと。

そういう最高のバランス感覚でたくさんたくさん寄り添ってもらった宝物みたいな一年だった。

 

 

 

26歳の一年、

”好き”を極めてくれてありがとう。

 

ミュージックソンでちーちゃんと歌ったこと。コナンの誌面に登場してヒルナンデスでプレゼン企画までしたこと。#CD出すたびに山登る系アイドル として3回目と4回目の御朱印旅に行ったこと。コブクロの特番でカバーをしたこと。ハモネプにゲスト出演したこと。ジェシーと一緒に岸谷香さんとMを、AIさんとA Whole New Worldを、つい一昨日には笹本玲奈さんとTonightをと、コンスタントに名だたるシンガーとコラボしてSixTONES以外の場所でも歌ってくれたこと。この先もなごみでの新しい和の連載が決まっていること。

特に26歳の大我さんのソロのお仕事は大我さんがどれだけ自分の”好き”と丁寧に真摯に向き合っているかの証明ばかりだった。

 

SixTONESのお仕事でも、常田さんにマスカラを作ってもらったり、スパイダーマンの主題歌を担当することだって、大我さんが好きなものに惜しみなく注ぐ情熱とのご縁を感じずにはいられない。

そしてそれが邦ロックファンやMCUファンにSixTONES知ってもらうきっかけになったとき、”なんかめちゃくちゃ ちゃんと好きでいてくれてるメンバーがいるグループらしい”って思ってもらえることはSixTONESの武器になる。

 

まだ明確なお仕事には繋がっていなくても、ポケモンで松丸くんと仲良くなれそうな(もうなってる?)ことも愛おしいし、遊戯王の話をしていた時のリトルストーンの食いつきもすごく印象的だし、確実に大我さんの”好き”から広がってる世界はあって。

だからこの一年のブログのうち4分の1くらい(数えた)はオタク度の高い趣味の話で、周りに合わせることより”好き”を最優先にする大我さんが大好き。

 

これは去年も書いたことだけど、自分の”好き”を信じて大事にすることが道を拓くし、誰かの喜びや幸せにもなり得るって教えてくれる大我さんが大好きだ。”好き”を諦めなくていいんだって勇気をくれて、自分が感じる全ての”好き”に胸を張っていようと思わせてくれて、”好き”を極めるための努力を惜しまずにいようって背筋を伸ばしてくれる。

「スキルを高めるために密かに努力していることは?」と聞かれて「好きの気持ちを忘れずに取り組むこと」って答える大我さんが結果を引き寄せる過程も成果も全部大好きで憧れ。

それをたくさんたくさん、目に見える形にしてもらった一年だったと思う。

 

そして大我さんは”好き”を大事にする姿で関わる人みんなをメロメロにする稀有なひとでもあるから。きっとこれからもたくさんの”好き”を極めて届けてくれるんだろうと思う。とっても楽しみ。

 

 

 

26歳の一年、

これは京ジェ狂の偏った視点だと思うけど ジェシーとますます最高の相棒になってくれてありがとう。

 

ジェシーの”初主演外部舞台”という経験がたぶん一番大きな要因で、今まで以上にふたりが強固な繋がりを確立して、それを共有もしてくれた一年だったと思う。だから私はこんなにも京ジェに弱くなってしまったし(褒めてる)意味わからない長さの京ジェぶろぐまで書いた。

aimingforsixtomatones.hatenablog.com

 

2回分の10000字から受け取ったふたりの想い合う様子は たまたま今年知れた”過去からの積み重ね”だった。でもそれを新たな道を共有し始めた”今年”、伝えてもらったことにも意味があると思う。だってそれを知っているのと知らないのとではスタオベとニュージーズに向き合う京ジェの解像度がきっと圧倒的に違ったから。

 

自分の舞台の見通しがはっきりとしない間から、例を見ない緊張状態にあるジェシーを支え続け見届けて、それを経て自分の舞台に挑んだ大我さん。

初めて「誇り」の大我さんと限りなく近い立場に立って味わう感情と見える景色をとても純粋に吸収して愛を深めてくれたジェシー

 

26歳の大我さんの声を初めて聴いたお仕事が京ジェらじらーだったことも運命だったんじゃないかって思ってしまうくらい、ふたりの関係が強固になった一年だったと思う。

 

ずっと音楽が何にも誰にも変えられないし代えられない絆の主成分だった京ジェが、似たような経験、それもお互いをどことなく彷彿とさせてしまう役を演じる経験をした時間はふたりを唯一無二の歌の相棒以上の関係にしてくれたと確信している。きっとお互いのことを今までになく考えたし、大事に思ったし、尊敬したし、愛しく思ってくれた時間だと思う。

「なんで俺の舞台がSixTONESの舞台リレーの最後なんだろう笑」って大我さんがどこかで言ってたけど(もちろん半分冗談のニュアンス)、ジェシーSixTONESの有観客のステージを完走する先頭を走って、樹が繋いで、大我さんがアンカーを完璧に勤め上げてくれて本当によかったと思っている。スタオベの後にニュージーズがあったことで異例のスピードで深まった京ジェの絆が絶対あると思っているから。

 

そしてこの京ジェの深い絆が行き着く先に絶対SixTONESの音楽があることがたまらなく好きだ。

 

これは今後のSixTONESの曲に期待していることでもあるし、もう実感のある記憶を記すとすれば、2021年8月16日のCDTVがとにかく象徴的。

フルでのマスカラ披露だったからこそあったジェシーパートを、舞台で声を枯らしたジェシーの代わりに歌った大我さんとそこにハモりに行ったジェシー。そして「大我に助けてもらいました😭ソーリー ありがとうね!!!!」と翌日に綴ったジェシー。何も触れなかった大我さん。

これこそ音楽で繋がり合う京ジェの最たるものだったと思うし、そうやって支え合う姿を心温まるものじゃなくて最強にかっこいいものとして昇華できたのは”今年の京ジェ”だったからだと私は信じて疑わない。

 

だからこれからも、26歳の大我さんが得たジェシーとの絆とともにSixTONESでいてほしい。SixTONESの音楽を奏でていてほしい。そしていつか、京ジェふたりだけの音楽も聴かせてほしい。

 

 

 

最後に。Last but not least。26歳の一年、

ニュージーズをずっと諦めないでいてくれて、そして無事にやり遂げてくれてありがとう。たおやかに番を待って、その先の未来を確かに掴んでくれてありがとう。

 

「有言実行」を座右の銘にして、こんなにも確実に遂行できている人を私は大我さん以外に知らない。

 

個人の仕事をどうしても期待してしまうファンのことも想いつつ、それにうまく寄り添いつつ、「ニュージーズ合わせ」のスケジュールにすることを諦めないでいてくれて本当に本当によかった。たくさんの大人が異例の速さで調整を重ねてくれた結果なこともわかってるけど、その大きなモチベーションとして大我さんがいたことは間違いないはずで、それが誇らしくて愛しくて幸せだ。

 

そして何より、実際ニュージーズで見せてくれた姿は本当に圧倒的で。この苦しみの濃度が色濃かったはずの1年半にも意味があったと、ある意味では逆にこの時間があって良かったんじゃないかと、そう思わせてくれたのは大我さんの想像を絶するほどの努力と想いでしかない。

「人生最大のチャレンジと言っても過言ではない程、高く大きな壁を目の前に感じながら」準備をしてその成果を確実に舞台上で見せてくれたこと。始まってからもどんどん素敵になっていくばかりだったこと。それが全て「空っぽの一年」を乗り越えた先にあったこと。

大我さんの人生において間違いなく重要なその時間に立ち会えたということが幸せなのはもちろん、大我さんのその姿に私はこれから先もずっと勇気と刺激をもらい続け、励まされ支えられるんだと思う。

それほどの姿を26歳の年に、見せてくれてありがとう。

 

 

 

ちょうど一年前もこれ以上にないほど愛に染まったラブレターを書いた。

aimingforsixtomatones.hatenablog.com

 

でも一年経っても毎日毎日自分でもびっくりするくらい大我さんのことが大好きで、むしろ大好きな理由は増えていくばっかりで、その大好きな気持ちには感謝と信頼も計り知れないほど詰まっていて。

こんな気持ちを教えてくれることにも大好きとありがとうが募るからもう終わらないループ。

それが私はたまらなく幸せだ。

 

 

 

大我さん、

生まれてきてくれて、今日も生きてくれていて、今の大我さんになるように選択を重ねてくれて、ありがとう。

今年も、今日も、どの瞬間も、迷いなく大好きです。

 

 

 

大我さんもいつにも増して期待がたくさん膨らんでいそうな27歳。どうか素敵な一年になりますように。一緒に素敵な一年にさせてもらえますように。

まだ僕は生きていくと、一緒に笑顔で言い続けられる一年でありますように。

お誕生日おめでとう。

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2021.12.3 aim