Chasing Diamonds

長文考察愛だだ漏れ系aimのぶろぐ。140字じゃ足りない愛は原石を追いかけて。

10cm間の深淵。~わたしの京ジェ論~

 

ジェシー、初めての単独主演舞台、スタンディングオベーション開幕おめでとう。

ずっとまとめきれていなかったこの京ジェぶろぐを、大我さんもニュージーズが上演が決まった上で、今日この日にあげることができてとても嬉しいです。

と言ってもいつも通り、ただただ愛が溢れ落ちていくようなラブレターなので出す日なんて関係ないのかもしれないけど。

 

タイトルで京ジェ論、なんて言ってみたものの、結局は私が”なんでこんなにも京ジェが好きなのか”という根拠をかき集めて、京ジェがどれだけどういうふうに最高なペアなのか掘り下げることによって改めて解明して記しておきたいだけのぶろぐ。

去年末あたりから本格的に高まっていたこのぶろぐへの熱量をジェシー10000字まで温めていたら、その間に思いがけない京ジェイベントもたくさんたくさん、本当にたくさん(笑)あったこの8ヶ月ほど。

日に日に京ジェへの愛が増している自覚もあるので満を持して今、書ければと思います。

でもあくまでも愛に溺れた個人の解釈なので。そこは頭の真ん中に置いた上で(片隅ではなく真ん中でお願いします…)この激重深読み長文にお付き合いくださる方がいるのだとすればありがとうございます。

共に深淵を彷徨えることを願って。

 

 

 

 

 

 

1. ネガティブを共にする京ジェ

 

お誕生日に、タグに含まれてもない「SixTONESの太陽」という言葉がトレンド入りしてしまうほどに、ジェシーはteam SixTONESを照らしてくれる能力が高い。

でも私はいつも、ジェシーのことを単純に”太陽”と形容してしまうことに躊躇いがある。世の中のたくさんの人がジェシーのことを太陽のようだと親しみを込めて捉えてくれているならとっても嬉しいけど、ファンとしてはもう少く深く潜った視点から彼を見たい。

それはジェシーのみんなを照らす明るさやポジティブさの根源が、超ド級のネガティブだって感じるから。

 

ジェシーは決して核から燃え盛る太陽なわけではなく、

日陰が見えすぎるほど見えるから、

”照らさなきゃ”という念があまりにも強くて、

太陽になったひと。

ネガティブを圧倒的ポジティブで打ち消そうとするタイプのネガティブだと思う。

 

これは毎日「ポジティブポジティブ〜!」と欠かさず呼びかけてくれるブログからもわかるし、自分でも他人でもボケがスベった時の対処法からもわかるし、緊張していればしているほどボケ倒すスッキリのジェシーとか、スタオベビジュアル撮影取材のジェシーとか、スタオベ関連のインタビューほぼ全てからもわかると思う。(そして長期に渡ってぶろぐを書いてるせいでついに今週、「太陽みたいな存在になりたい」というご本人の言質までとってしまった…笑)

最終的な”見える姿”がみんなに幸せを振りまく強心臓ボケマシーンだから、未だにいろんな現場や取材で意外がられてるけど、陽気なジェシーを透かして見えるジェシー少年は、少クラみたいなどんなに慣れたはずの現場でもパフォーマンスを始めるまではガチガチに緊張してるし、初めての単独主演舞台に関しては決まった時から四六時中緊張してる繊細な人。

酷な周りの目線や評価のせいもあるけど、”自分はいるだけではアイドルとしてかっこいいとは思ってもらえないんだろう”というどネガティブを起点に、せめて人として良いやつだなと思ってもらえるように頑張ろうとポジティブを振りまく努力を重ねてきた人。

 

健康に生きてるだけで奇跡だと言えるほど細かいポジティブにも目を配れる人だけど、それはきっとネガティブを目敏く見つけて簡単に心が侵食される自分を知ってるからこそで。見えすぎるネガティブの存在を無視できないからこそ、ポジティブな力を信じて、”極と極”をぶつける方法で自分らしいバランスを見つけるようになったのがジェシーだと思う。

そして極と極を自分の中に常に抱えているからこそ、今期のスタオベ取材で何度も出てくる、普通なら矛盾でしかない価値観が ”ジェシーなら” 同時に成立するんだと思う。withの 「死ぬことに比べたら何も怖くないと思ってやりたい」と週刊朝日の 「死ぬことって全く怖くないんです、本当の地獄って今ここだと思っていて」とかその究極系。これを両方本気でまっすぐ言えてしまう人がジェシー

座右の銘の 「人生まさかの連続」だって、良いことが起きた時にポジティブな意味でも使える最高の言葉だけど、元々は降りかかるネガティブを”まさか”に変換してどうにか自分を保つためのおまじないなんだと思う。

 

だから、ジェシーの太陽性は”日陰が見えすぎなほど見えること”が起点だと常に心に留めて、分け与えてもらえる”照らさなきゃ”の強力な念を受け取らせて欲しいと、私は思っている。

 

さて、京ジェぶろぐじゃなくてジェシーぶろぐのようになってきているけど、ここからが本題(おそいよ)

 

大我さんはとてもネガティブな人だと、大我さん10000字ぶろぐで私は散々書いた。

でも大我さんのネガティブはジェシーのネガティブとは真逆と言っていいほど違うと思う。

 

大我さんは日陰を見つけたらそこに自ら潜んで夜を待つから、

真夜中には誰よりも五感が研ぎ澄まされて強くなるひと。

ネガティブをネガティブのまま捉えて研ぎ澄ますことで、ポジティブを引き寄せる波動を生んでしまうタイプのネガティブ。

 

大我さんはとにかく、闇と向き合うことに長けている。(愛しい厨二さんなところも含めて)

それは元々の性格も、ひとりっ子であることも、ジャニーさんの「協調性がまずない」という言葉とずっとソロにしておく采配に抗うことなく過ごしていたことも、色々影響してると思うけど、自分の弱さと真正面からとことん向き合って進化していけるところは大我さんの類い稀なる才能で磨き上げてきた努力の結晶だ。

大我さんはネガティブを掘り下げて掘り下げて掘り下げた先で煌めくものを見つけられる人で、私はそこにどうしようもなく惹かれるし憧れる(脱線)

 

こうやってネガティブを目敏く見つけるところまでは同じ京ジェだけど(というかSixTONES 6人ともある種そう)、

襲いくるネガティブをピュアで圧倒的なポジティブを持って打ち消そうと試みるのがジェシーなのだとすれば、

ネガティビティー自体が屈してポジティブに変身してしまうまで、真っ直ぐ目を見つめ続けるのが大我さんなんだと思う。

 

京ジェのネガティブへの向き合い方の違いは、ジャニーさんの2人の扱いの違いからもわかる。

ライブで歌詞を間違えた時に「You最悪だよ」と言われる大我さんと「You最高だよ」と言われるジェシーの対比。大我さんに関してはニュージーズ前に小池先生に「君で大丈夫かな」と言われたことでさらにやる気に火がついていたことも象徴的なエピソードだと思う。

大我さんはネガティブを突き詰めて強く輝く人だから、指導者的な人からは厳しい言葉をかけられることが進化のスピードに影響する人だし、ジェシーはネガティブをポジティブで打ち消しながら輝き始める人だからその打ち消しのきっかけになる言葉をかけられることが大事。

(KinKiの2人も光一くんが大我さんタイプで剛くんがジェシータイプの扱いをジャニーさんから受けてたって伝説があるから、ジャニーさんの方針は意図的だろうなと思ってるし、それを根拠に、京ジェはあの伝説的なペアであるKinKiとも近しいほどのバランスを抱えた2人なんだろうなと勝手に思っている)

 

試行錯誤して制御できるようになってきたとはいえ、私自身がどネガティブかつ感受性と心の許容量が釣り合っていない生きにくい人間なので、ネガティブであるという根本を共にしつつ、ほぼ真逆の次元に位置するアプローチでネガティビティーと闘う強さと個性を持った京ジェが本当に好きだし憧れ。

ネガティブに屈しない方法が多様なことを見せてくれるし、全然違う闘い方を持った2人が隣同士で通じ合えて認め合えることも見せてくれる。

 

そして隣に似てるようで真逆な人がいることは、2人にとっても大きな支えであり勇気なんじゃないかと思っている。

大我さんはジェシーを褒めるときに「勇気をもらえる」という言葉を選ぶ人でもあるし。

だから、ジャニーさんにソロでいることを勧め続けられていた2人が、SixTONESを見つけて、SixTONESを選んでくれて、SixTONESを選び続けてくれて、本当に良かったと思う。

SixTONESの6人は、全員に対して他の5人を見つけてくれて良かったと思う人たちだけど、”似ているようで真逆”と”支え”の意味でSixTONESという場所で出会って隣にいてくれてありがとうと一番強く思うのは京ジェ。

 

 

 

2. 京ジェの軌跡

 

SixTONESで出会ってくれた京ジェの話にたどり着いたけど、”SixTONESの中の京ジェ”、という観点で見ると、このペア割は個人的に、”SixTONESの歴史と軌跡”にフォーカスを当てたときに一番威力の強い分類に属すると思っている。

それは別名「あなたにお手紙書きましょう」割の、京ジェ・しんじゅり・ゆごほく

 

このSixTONESの歴史と軌跡”は、SixTONESの抱えるもの”と訳してもいいかもしれない。

 

長くなるから他ペアの話はあまり書けないけど、

しんじゅりはなかなか経験しない同じ種類の苦悩を乗り越えた”兄弟”だし、

ゆごほくはSixTONESになる前から苦楽を共にしてきた”一生一緒”の”友達”

ゆごほくなんかは意図的に運命を操ってる部分があるけど、とにかくそれぞれが”人生で抱えるもの”を明確化した境遇が恐ろしいほどにリンクしたペア割が、SixTONESの中では綺麗に成立する。

そこで京ジェが共有する境遇は、背負う”血の重さ”

 

ジェシーアメリカ人のお父さんの血、大我さんは大御所俳優のお父さんの血。

ジェシーはジャニーさんの「ハーフっぽい子探してきて」という言葉に導かれた人だし、大我さんもお父さんが政樹さんだからジャニーさんの目に留まるお店に写真があった人なので、2人ともある種、入所の最初の最初のきっかけも”血”。

でもその血を受け継いでいるからこそ、踏み入れた先で難しい思いをたくさん経験した2人で。

同年代の少年たちが集まる環境で”わかりやすく違って羨ましいものを生まれ持つ”というのは、持っている本人としては全く羨ましくない状況だろうと、想像することは難くない。

実際にインタビューでも、ジェシーの血の話は伝説のバイブル SODA 2020年3月号以降、音楽と人 2020年8月号とか他のところでもどんどん語られてるし、大我さんもTrackONE IMPACTのImitation Rain前の独白は象徴的。

 

良いようにも悪いようにも(そして人間の悲しいことに悪い方向には頻繁に)作用する2人の背負う本当の”血の重さ”は、どんなに想像力を尽くしても他人にはわからないものだと思う。

 

でも2人なら他の誰よりも共有できると思っていて、かつ私はトンパク独白の大我さんの声で何度だって泣く京本担だから、正直、大我さんの話になると結構な頻度で京様のお名前を出すジェシーを、手放しで好きとは言えなかった。

ポポロのすとーんずのふたり京ジェ回の時もそうだったけど、そこで言う必要あった?って思ってしまう自分が時々いることが否めなかった。確かにジェシーが京様とも仲良しなのはとっても素敵なことだけど、大我さんは大我さん自身を見てほしいって明確に言葉にしたこともある人だよ、隣にいて、同じ”血の重み”を共有してるはずのジェシーがそれをわかってないわけないよね、なんで?ってどこかで思ってた。

 

でもジェシー10000字を読んで、その気持ちが昇華された。

 

末ズエピソードの中でずっとずっと一番好きだと言い続けてきた、”行先の違う電車が目の前を走った(樹目線)”話。まさかその議題がSixTONESが迷っていた時の将来の方針の話だなんて思ってなかった。

確かに慎ちゃんの10000字でも出てきていて、それで泣いた記憶もあるけど、まさかここまでの重みがある内容だったなんて思っていなかった。10000字恒例の爆弾。

そしてここでのジェシー

「俺はハーフってこともあるし、ジャニーさんに目をかけてもらえてるって周囲は思ってる。大我は大我で2世ってことがあるから、俺ら2人は応援しなくてもって思う人たちもいる。だから2人を押し出さない方がグループのためにいいんじゃないかって思ってた」

って考えを知れて、それが(お互いの日本語が拙かったのが原因とはいえ)慎ちゃんと泣くまで闘わせるほど確固たる考えだったと知れて、救われたところがある。

 

今更で本当にごめんだけど、ここでやっと、ジェシーは本当にちゃんと、血の重みを間違いなく前提に置きながら大我さんに向き合ってるんだと、心から思えた。

 

先のネガティブとの闘い方でも書いたけど、京ジェは物事の乗り越え方が全く違う。

 

それは、同じ”血の重み”を背負っている2人でも、

自分の努力次第でいつか超えたり出現頻度が低くなる”血の肩書き”を持つ大我さんと、共に生きて共に努力していく他ない”血の肩書き”を持つジェシーっていう違いと、

それも受けて、

血の重みをないものとできるように自分の定めた方向の努力にのめり込む自分軸の大我さんと、

血も含めて認められて愛させるための努力をなんでもやる他人軸のジェシー

っていう違いも影響してると思う。

 

そしてこれが”血との向き合い方"を決定的に変えるから、大我さん目線の京本担はジェシーのアプローチに心がざわついてしまうことがあるんだと思うし、逆も然りだと思う。

でもジェシーの”血との向き合い方”が、”血と共に生きていくこと”、そしてそもそもの傾向がネガティブをポジティブで打ち消すこと、だと考えると、ジェシーが大我さんと京様のことをたくさん繋げようとするのは、ジェシーなりのポジティブなアプローチで愛なんだと、思うことができる。

 

シンプルに京様が大好きで、京様をお父さんに持つ環境に羨ましさを感じてる部分も絶対あると思うけど、きっとジェシーは大我さんが”血の肩書き”を意識の外に置こうと努力にのめり込む姿が寂しかったり心配だったりして、たとえ自分の印象が犠牲になったとしても、大我さんに”血と共に生きる”道も見てほしいと思ってるんじゃないかなと、私は今思えている。

不器用さも否めないけど、ジェシー以外には絶対できない役割を、意識してか無意識かはわからないけど、ジェシーは大我さんの”隣で”果たしているんだと思う。

そして、ジェシーのネガティブを根本にした憎めない明るさと、”血”への理解が隣にあるから、大我さんはずっと大我さんの覚悟を見守ってくれている京様も近く感じつつ、自分なりの”血との向き合い方”を続けられるんだと思う。

ジェシージェシーで大我さんの向き合い方に少し心配と寂しさを持ちながら、何があっても負けないし揺らがない自分の軸を確立しようとする大我さんに勇気をもらっていると思う。

 

それぞれの人生の選択に多大なる影響を与えてきた、そしてこれからも否応なしに与えていくであろうものが一番近い者同士だからこそ、深まって強固になる絆が京ジェには確実に存在する。

ひとりひとりに無数に存在する軌跡のひとつを、6分の2として奇跡的に共にする2人。

 

 

 

3. SixTONES(音色)と京ジェ

 

ここまでで既に、京ジェが出会ったことと隣にいることにものすごい意味があると思ってるけど、京ジェが”SixTONESの京ジェ”であることにはもっともっと意味があると思う。

 

それは京ジェの音楽が一番輝くのはSixTONESでいるときだから。

 

ジェシーにとっての音楽は「裏切らないもの」であり「常にすぐそばにないと絶対に無理」なもの。

大我さんにとっての音楽は「自由」であり「救い」であり「友達」

SixTONESの中でも一際音楽がない世界なんて想像できなそうな2人はきっとどんな形ででも音楽のある人生を歩んでいたと思う。

それこそ、それぞれがジャニーさんに勧められていたようにソロで活動していたかもしれないし、その上で時々コラボするっていうのもありえない選択肢ではなかったと思う。むしろジャニーさんの期待としてはそうだったのかもしれない。

 

でも今の京ジェは

SixTONESでやっていきたいという覚悟の中には一緒に歌っていて楽しいジェシーの存在もかなり大きい」と繰り返し言う大我さんと、

「ソロで歌うより大我と一緒にハモれる方がいい」とまで言ってしまうジェシー

 

2人の今の人生の中心にある”音楽”と”SixTONES”においてお互いの存在はあまりにも大きい。

 

そしてそんな「歌の相棒」を超えて、時には「夫婦」にまでなれる京ジェが、”京ジェの音楽”と本格的に向き合ったのはSixTONESがあったからで。

声質が合わないと思ったり、ハモりのパートをソロに分けられても「SixTONESとしてやっていく以上ハーモニーから逃げちゃいけない」と向き合った2人は”SixTONESの京ジェ”で。

つまり、今の2人の言葉を介さずとも一瞬で通じ合う音楽は、SixTONESという居場所がなかったら生まれなかった音楽ってことだ。

 

深くやわらかく混じり合って溶け合って通じ合って、京ジェが「仕事としてではなく、音楽を楽しむ同志として歌っていく」場所は他のどこでもないSixTONES

 

1人が歌い出せば壁を挟んででもハモるし、2時間半歌い続けたライブの後もお構いないしに歌い続けるし、誰にも触らせないはずのギターも使いながら一緒に曲を作るし、そんな音楽を生きる2人がお互いを見つけられて本当によかったと思う。

好きな音楽のジャンルも、音楽に見出す意味も違うけど、音楽への信頼だけは他の誰よりも共有できる京ジェ。この前の大我さんの打ち込みANNジングルを秒速で判別したジェシーで本当に震えたけど、音楽という、実態が目には見えない概念を基盤にするからこそ、誰にも邪魔できない絆と信頼を築き上げてきた京ジェが出会えて本当に本当によかった。

 

そして同時に、こうしてお互いを見つけた2人がSixTONESの中の6分の2であってよかったと心から思う。

それは、特に今のSixTONESには”京ジェを踏み込んだ先に用意しておける”強さがあるから。

 

2人のわかりやすい音楽IQの高さを目印にしつつ、そんな2人を内包できる力も持った今のSixTONESは、SixTONESの、そして2人の音楽の世界をさらに広げてくれる。

 

SixTONESの始まりの歌の この星のHIKARI が圧倒的京ジェメインボーカルなことに象徴されるように、SixTONESの音楽を最初に引っ張ってきた2人は間違いなく京ジェだ。そこからNAVIGATORまでは”行き先の違う電車”事件でたろぴが望んだ方の電車に乗っていて。

でも5thシングルのマスカラまでたどり着いた今のSixTONESと京ジェは、ジェシーの望んだ方の電車に乗っていると思う。

ツイートでフライングしたんだけど(引用全部遡ると解釈の全貌がわかる)(横着すな)

私はNEW ERA以降のSixTONESの”踏み込んだ先に京ジェを用意しておける”強さがたまらなく好きだ。どんどん6人全員が代えのきかない音楽性を身につけていくことで、京ジェを本陣に温存する戦略も持てるSixTONES。そして先頭ではないからこそ挑戦できる音楽と込められるパワーに出会う京ジェが進化していく現状。

これがたまらなく愛しいし、これを実現できる人たちを私は髙地優吾と田中樹と松村北斗森本慎太郎 以外誰も知らない。

誰かに任せきるのではなく、6人全員がいないと成立しないように自分たちでしたいという意志がひとりひとりから聴こえてくるような、進化し続ける優しさを纏った6人の最新の音楽が常に大好き。そしてその真ん中にいる京ジェが大好き。

 

でもこういうSixTONESの音楽を奏でるSixTONESの京ジェが大好きだからこそ、その2人の音楽がたどり着くひとつの大きなゴール、京ジェのブルーノートディナーショーを絶対にこの目で観たいとも思う。team SixTONESを超えて京ジェ狂としての夢。

 

 

 

4. We are 彼ピ 論

 

ふざけた見出しだけど(おい)ここもまだ真面目な話。

音楽という確固たる信頼の基盤を築いているのに加えて、京ジェにはとても特殊な頼り頼られる関係が成立していると思っていて。

音楽を前にしたら皆平等という意識と、お互いを守り合う気持ちがそれぞれの次元で超高速で行き交うことから、驚くほど対等になるのが京ジェだと思う。

 

しかもPOTATO 2020年6月号の伝説的ペア企画で本人たちがその答えを出しちゃってるからずるい。以下抜粋。

京本「俺とジェシーってさぁ、やっぱほら、どっちも”彼ピ♡”って感じがするじゃん?笑」

ジェシー「そう!彼氏っぽさあるよね。だから一緒にいるとお互い彼氏みたいな」

京本「彼氏と彼女じゃなくて彼氏と彼氏のカップルみたいになってる笑」

 

隣に載ってる写真のサイドハグ京ジェがどう考えても

”可愛い彼女に手を出されたら絶対に絶対に許さなそうな彼氏ジェ”

”何にもわかってないウルトラキュート彼女きょも”だし、

普段は弾き合う突飛のくせにこういう時だけ「そう!」とか通じちゃってるのが本当に意味がわからなくて、このテキストを理解するのには本当に本当に時間がかかった。

 

でも時間が経てば経つほど、この We are 彼ピという表現が言い得て妙でしかないことに気づいた(何を真面目に語ってるんだというツッコミはどうかご容赦ください自分でも冷静にならないように気をつけて書いています(?))

 

ビジュアル的にはもちろんジェシーが圧倒的彼氏だし、入所当時から大我さんを女の子だと思ってたり、自分は姫じゃないと主張する大我さんに未だに「姫だよ」と即答するジェシーさんがいるのでジェシーの彼氏要素は一目瞭然。

自分の道を切り拓く大我さんにいつだって躊躇なく「誇りだよ」と伝えてくれて、グループ経験のない自分はSixTONESに必要なのかと悩んだこともある大我さんに「大切で絶対に必要なメンバーです」とこれもまたまっすぐに伝えて守ってきてくれたのもジェシー

でも大我さんがものすごく芯のある、SixTONESで一番と言っても過言ではない”漢”なことで、そして”ネガティブの乗り越え方が違う”ことで、特に精神的にジェシーが守られる側なことも数え切れないほどあると思う。

WiNK UPのソロ表紙企画で次号のジェシーが言うことを先読みしたかのように、自分の心配をしてくれるジェシーを心配してた大我さんとか象徴的。

 

この守る側と守られる側が超高速で入れ替わるからこそ、2人とも同時に彼氏みたいなミラクルな瞬間が生まれる京ジェの対等すぎる関係がものすごく好きだ。

直近の映像資料(資料)で言うと移動型お化け屋敷ストチューブのおまけで抱き合いながらお互い””自分が捕獲した””と言い張る京ジェが象徴的すぎると思う。あの動画は本当に一生見ます。オカベさんありがとう…

 

 

 

5. おもちの京ジェ

 

We are 彼ピに通ずるところもある関係性だけど、真面目で本質的な関係性に限らず、もうひとパターンペアとしての確固たる側面を持ってるところが、他のペアとは違う京ジェの深淵だと思う。

 

それは きなこもち いそべもち の時の京ジェ。通称「おもち」もしくは「もちズ」

 

京ジェらじらーの謎の英語もんじゃトークで生まれてしまったこの通称が、あまりにもゆるくたのしい時の京ジェにぴったりで本当に本当に本当に好き。

大我さんとジェシーのことを呼ぶときに、”京ジェ”と呼ぶときと”おもち”と呼ぶときを明確に分けているくらい愛用している。(このぶろぐ内ではわかりにくくなるので京ジェで統一中)

 

仲良しの京ジェ専門家と一緒によく盛り上がる案件なのだけど、京ジェははしゃぐときに”弾き合う”傾向がある。効果音は もちもちっ!もしくは ぽよぽよ!(ひらがな大事)

 

なぜなら、京ジェにはお互いのボケがほとんど理解できないから。

 

ここまで必死に語ってきたように、深い歴史を共に抱いて、溶け合って混じり合って1つになる歌声を操るくせに、京ジェはお互いの突飛さに何度だってピュアに驚く。

例えばストチューブで、お互いの行動に、何度「え゛ええっ?!」と言ってるか、ぜひ注目してほしい。他のメンバー相手の時と比べ物にならないくらい言ってるから(aim感覚調べ)

(私のお気に入りはこちさんバースデードッキリ前の椅子チキンレースで目隠しの意味を理解してない大我さんに対するジェシーの「え゛ええっ?!」と、NAVIGATOR mv previewで好きなシーンに自分を描いたらジェシージェシーを描いたと勘違いされて「え゛え!ちがう!」って言う大我さん。直近だと少クラ企画で好きなおにぎりの具を迷うジェシーさんにアクリル越しに突進する大我さん。いとしいもち。)

 

こういうことが起きるのはたぶん、ネガティブを共にする2人で考えたのとはまた違った部分でも、京ジェが基盤とする次元は違うから。

 2人とも側から見たら同じくらい突飛なのに、あたかも相手の方が絶対不思議だと言わんばかりの反応を京ジェは何度も繰り返す。

 

なのに。そうやってお互いを理解することが難しいのに。

京ジェは何度だって寄り添い合う

私はこれが、本当に本当に本当に本当に本当に好き。

 

真面目な話とか繊細なポイントならまだしも、ふざけてるときに分かり合えなかったら人間スンッってしても全くおかしくないと思う。距離を置いてもおかしくないとすら思う。だってほとんどの場合、”わからないこと=楽しい”にはならないから。

でもこの天才2人は違う。

”こいつ何言ってんの!?やばくない?!!!わはは!!!”と、この2人はテンションを上げてしまう

こんな平和なことあるだろうか。

 

そしてさらにすごいのが、2人とも、”相手をやばいと思った過去を何度だって忘れる”ところ。

何度も何度も相手の突飛さに理解できない!とアニメみたいな顔と声で驚くのに、毎回衝撃を受けてそれを経て楽しくなっちゃうのに、京ジェはいつまでもその”襲いくるかもしれない突飛を予想してみる”という発想を持たない。

 

そして忘れるからこそ、予測をしないという本能が働いているからこそ、

京ジェは何度だって寄り添い合う。(振り出しに戻る)

自分たちの突飛は噛み合わないと何度実感しても、その噛み合わなさは2人の間に絶対に蓄積されない。これもう宇宙の摂理なのかもしれないと思うほどに。

そしてその蓄えがないはずなのに、きっと”一緒にいるとなんか楽しい”という感情だけは残っているんだと思う。それは歌を基盤にした関係があるからこその楽しさでもあり、微かに残った”お互いの突飛”の名残なんだと思う。

その楽しさを求めるから、どんなに”弾き合う”という一見ネガティブなことを繰り返していても、京ジェの効果音は暗くならない。もちもちっ!もしくは ぽよぽよ!と平和を象徴する。

お互いの人生にどれだけ音楽が必要かという価値観と、その音楽を通した相手への信頼がもう意識の外でも確立されてるから、音楽という目に見えない波動で信頼し合い繋がり合うから、理解するなんて次元を飛び越えてるし、理解できなくてもとりあえず近寄っていたい存在が京ジェ。

そういう京ジェが大好き。

 

 

 

6. ふたりの秘密

 

今、2021年8月現在、感じること。それは今までになく京ジェ間の距離が縮んでいるということ。

 

最大の要因はジェシーの初めての単独主演舞台、スタンディングオベーション

緊張しいで心配性なジェシーさんはとにかく不安そうで、決まった瞬間から本当に文字通り四六時中緊張してきたと思うし、千穐楽までそれは変わらないんだと思う。

 

そんな今のジェシーさんが誰よりも頼りにしているのが大我さんだ。

 

私が読んだことのある単独取材ラッシュは大我さんのニュージーズ前とほっくんのライアーライアー前くらいだからソースが少ないのはわかってるけど、それでも、単独取材でこんなに特定のメンバーが、しかも作品自体には関係のないメンバーが登場してしまうなんて本当にすごいと思う。

私が今期イチオシの京ジェ雑誌、ステナビ vol.57 ではなんと、ジェシーは4ページのテキスト内で5回も”大我”と発している(数えるな)特に暖簾の話で「大我は誰に頼んだんだろう」って言うとか、そんなところまで大我さん頼りなの?!と泣いた。舞台で頭がいっぱいになる=大我さんで頭がいっぱいでもあるんじゃん…………と。あのジェシーのつぶやきを逃さず文字にしてくれたステナビの編集さんに私は一生感謝して生きていく。

 

ちょっと取り乱したけど()とにかく、スタオベが決まってから、これまでずっと”誇り”の存在だった大我さんがジェシーの中で舞台エキスパートとして、”ヒーロー”になっているのがものすごく見える。

 

それは各種スタオベ取材からも、

「大我くんに、ライブですごく緊張するのでどうやったら緊張を解せるか聞いてみたいと思います!」ジェシーのジングルからも、

10000字と2021年3月4月の大天才テレファンで大我さんが語った「意外に僕がジェシーにしか話してないことがあったり、ジェシーも僕にしかってことがある。」、「そんなことまで言ってくれるんだってことを打ち明けてくれたり。俺の自分にとってセンシティブな部分をジェシーが聞いてくれたりもするね」からも、

そして京ジェ2人の10000字を並べることからも見える。

 

そしてこうしてジェシーにとって大我さんがここまでわかりやすくヒーローになっているのは今回の舞台きっかけだけど、その起源はもっともっと前で。

 

10000字にある、ジャニーさんにグループ名を発表していいか直談判した電話の話。

大我さんは

「今しかないって話し合って、ジェシーをみんなで囲んでジャニーさんに電話したんです。”次の公演でシックス・トーンズってグループ名、発表していい?”って。ジャニーさん、突然すぎて戸惑ってたけど、僕らからしたらラストチャンス。ジェシーがお願いしますって押し切って、”いいよ”って言ってもらえた。」

と言っていて、それに対してジェシー

「携帯にジャニーさんの番号を表示したはいいけど、もし今日だめって言われたらもうチャンスはないかもしれないって発信ボタンを押すのを躊躇ってたら、横から大我がボタンを押しちゃって。覚悟決めて、ジャニーさんに”グループ名発表していい?”って強めに言ったら、”知らないよ勝手にして”って言ってもらえたから、”オッケー!”って返事してピッって通話を切って。」

と言った。

 

基本的にスト5の語るSixTONES結成秘話の中心にいるのは常にジェシーで、大我さんにとってもそれは同じ。でもその張本人であるジェシーは、自分が覚悟を決めた瞬間を詳細まで鮮明に覚えていて。

 

その記憶に登場する引き金を引いたヒーローは大我さんだった。

 

私はジェシー10000字に何度か出てくるジェシー「忘れた」を全くもって信じていない。特にインタビュアーさんが他のメンバーから聞いて温存してあったエピソードとして京ジェに割り当てた「京本くん、ジェシーくんにやめたいって相談したことがあったんでしょ?」に対するジェシーの「忘れた」。ゆごほくの話はスラスラと出てくるのに、大我さんの話には「忘れた」と返すジェシー

 

決定的なボタンを押してくれた大我さんを覚えてるのに、「大切で絶対に必要なメンバーです」と言う相手が、「もしこの6人でグループを組めたらソロではそれぞれの場所で活躍して、グループに戻った時に爆発的に面白いことができるんじゃないかって思ったきっかけが大我だったと思う」と言う相手が、いなくなるかもしれなかったことを忘れてるわけがない。ジェシーに限ってそんなこと絶対ないと思う。

 

だから。

そうやって「忘れた」と言ってでも、2人の間だけにとどめたい話や記憶があることがたまらなく愛しい。

 

好きなところは”ジャンル指定”してもらわないと言えないし、良いところを言い合うってなると歌とか実力とか割と表面的なことしか言わないのに、「本当に良いところは後で直接言う」とだけ宣言するし、それでもお誕生日を一番乗りで祝われたら「いちばん大好きだよ」と返すし、「ジェシーは(愛してないの)?」「ごめんごめんジェシーも愛してる、ジェシーは特別の特別」のやりとりを促すとか、どんな存在と聞かれれば「大切な存在。マジで。(真剣に受け取らない大我さんを挟む)本当に大切な存在よ。マジで。」と言ってしまえるとか。

そういうジェシーから大我さんへの想い。

 

それは意図的に詳細を秘めたい想いであり、音楽でもうすでに通じすぎなほど通じ合ってるから、わざわざ細かく言葉にしなくてもいい想いでもあるんだと思う。

 

そんな想いが宿る関係性を映像に収めたのが、STのmv撮影ドキュメンタリーで大我さんのソロショットを無言で一緒に眺めるジェシーさんだと思う。京ジェを象徴する瞬間なんてパフォーマンスを含めたら本当に数え切れないほどあるけど、大好きで仕方ないひとつ。

大我さんが色々説明してくれる隣で静かに頷くだけのジェシー。そして大してリアクションがないことは特に気に留めず、ジェシーの方を何回も振り向きながら喋り続ける大我さん。

あれがきっと、どんなところにいる”ふたり”よりも自然で素の”ふたり”で。

2人の時に喋る方なのは大我さんだし、2人で相談してグループチャットに書き込む時も話し役が大我さんで打つ役がジェシーなふたり。そういうふたりの時の姿を知ってるから「6人の中で一番意見を隠してるんじゃない?」とジェシーが大我さんに言えるふたり。

 

あの空気感の中にあるふたりの秘密ならいくらでもしまっておいてほしいと、心から思うほどに素敵な空気だった。

 

そしてこのシーンを写真で象徴するなら、私は 音楽と人 2021年1月号の148ページを迷いなく選ぶ。(154ページもたまらなく大好きだけど)

大我さんの肩に腕を乗せて寄りかかりながら大我さんのことを斜め後ろから見つめるジェシーと、ジェシーの方に首を傾けてるけどまっすぐ前のカメラを目線で射抜いてくる大我さん。

元々音楽と人に弱いとはいえ、写真を見て号泣したのは生まれて初めてだった。あまりにも大好きな京ジェが詰まっていて、初めてページをめくった直後は一度雑誌を閉じてしばらく泣いた。

 

ジェシーの方に寄りつつもまっすぐ前を見つめる大我さんは、今ジェシーが圧倒的なヒーローとして頼れる軸を象徴してるし、その大我さんに寄りかかって頼るのと同時に、やわらかい空気で斜め後ろから見つめる(しかも見つめる目元はこちらに見せない)ジェシーは今のふたりの図を本当に素敵に写していると思う。

そして今この瞬間はどうしたって大我さんの方がヒーローだけど、大我さんがSixTONESでいる道を選べたのは間違いなくジェシーがいたからだ。

SixTONESにいるのと同時に自分にしかない道も切り拓く大我さんをまっすぐ見つめて誇りだと言い切るジェシーに大我さんは確かに支えられていて。たとえジェシーの方を見ていなかったとしても、安心感のある空気を肩越しに確実に感じて、寄り添って、揺るぎない目線で前を見つめるこの写真の大我さんはそんな関係と歴史も象徴してると思う。

 

こうやって支え合って、補い合って、繋がっていく京ジェが大好き。

 

 

 

 

 

 

つらつらといつにも増して長い文章を今日も綴ってきたけど、一番シンプルに言うなら、私は京ジェが好きだ。それ以外ない。

まごうことなき京本担であるのと同じくらいに私は京ジェ担。

この自覚が芽生えた時期とかきっかけは京本担だと自覚した時よりも圧倒的にあやふやで、気づいたら深淵を落ち続けているような感覚だけど、今現在 自分が京ジェ担であるという事実は天変地異がおこっても譲らない。

それくらいにSixTONES京本大我ジェシーが並ぶ京ジェという景色を私は愛してやまない。

 

174cmと184cmの10cm間。

あの美しすぎる背中合わせのフィット感に潜む深淵をいつまでも見せてほしいし、奏でて聴かせてほしいと思う。

 

これからも大我さんとジェシーが、音の世界では滑らかに溶け合うように、お互いを救うときは優しくまっすぐに颯爽と、そして楽しい時はもちもちと、隣にいてくれる世界でありますように。

 

毎日迷いなく京ジェが大好きです。

 

 

 

 

 

 

2021.8.3 aim